2016/07/15 15:38
一番最初の御挨拶でもお伝え致しました通り、これまで印刷業務に携わり、このお仕事を通じて沢山の方々と出会わせて頂き、多くのことを学ばせて頂きました。
そんな中、時々ですが、御客様や親しい友人から、こんな質問を受けることがありました。
「印刷業って結構キツい仕事だと思えるのに、何故この仕事を選んだの?」
決して悪い意味ではなく、世間の「印刷」という仕事には概ねこのような印象があると思います。
私が、印刷を人生の業務にしたいと思った理由は二つありました。
ひとつは小学校4年生の時で、雑用メインの学級委員となり、私の役割はお知らせ文の作成でした。
当時は高価なコピー機が学校にはまだ普及しておらず、先生に教わるままに鉄筆を使って、緑色の紙の上に文字や絵をガリガリと書く、古い表現ですが「謄写版」というやつですね。
出来た版を謄写版印刷機にセットし、下に白紙を敷いて版を下ろし、インキを着けたローラーを版の上でゴロリとやってから版を上げると、わぁ~!!自分で書いた下手な文字や絵が、綺麗に紙の上に印刷されてる!これはすごい!この作業をクラス全員分続けながら、先生から「これで最後の1枚よ」と言われて残念になる位に楽しく、学校中の印刷物を自分で印刷したいと先生に話した記憶があります。これが印刷との出会いですね。
次はその二年後、小学校6年生の頃です。
当時、私の親父は大阪にある造船所で船体塗装工をしておりました。親父は塗装一筋、仕事の後は一杯の酒とともに、動物関連のテレビ番組(野生の王国とか…懐かしいな…)が放映される日は絶対的チャンネル権を濫用しつつ、様々な動物の生態に感動しきり…そんな親父でした。
その親父が仕事を終えて自宅に戻った12月の夜、いつも朗らかな表情の親父なのに、神妙な顔付きで母親と話しています。
華やかな時代を築き上げた造船業が遂に不況となり、勤務先の造船会社が倒産の憂き目に。
まだ6年生の私でしたので、何となく家庭の状態が危ういと感じつつも、明日からどうなんねやろか?クリスマスケーキも正月のお年玉も無しかなあ?などと、自分本位なことばかり考えていました。
その時、私が聞き耳を立てていることに気付いたらしい母親から、「つよし、早よ風呂行っておいで!!」と促され、とぼとぼと近所の銭湯で何を考えるでもなくぼぉ~っとしながら身体を洗っていると、近くからおっちゃん二人が楽しそうに話しているのが聞こえました。
「おい、聞いたか?あそこの●●印刷、めっちゃ景気ええみたいやで、ボーナスが100万円出たらしいでえ」
「ワシも聞いた、うらやましいわ~!!ワシなんか10万円しかあらへんのに」
ええぇ~!!
ちなみにこの印刷会社は私の実家近くに今も実在する印刷会社です。
印刷のお仕事って、めちゃめちゃ面白くて、しかも、儲かるんや!そうかぁ~世の中にこんな都合の良いお仕事があるんやなあと…
極めて単純かつ後先などこれっぼっちも考えない私は、この他愛も無いおっちゃん二人の会話に心から感服してしまいました。
これでもう進路が決まりました。
中学生になり、やがて三年生、高校受験を意識する頃ですが、印刷を学べる工業高校が大阪府に一校だけ存在していることを既に聞いていたので、全く悩むこともなく、生意気にも、もしこの工業高校に入れなかったら、中卒で構わないからすぐに印刷会社で働きたいと親や先生にも伝えておりました。当然、「何がそうさせるのか?」と質問されましたが、「印刷がしたいから」それだけしか言えません。
そして印刷を学び、印刷を天職として今に至ります。
振り返って言えることは、「印刷は面白い」は今もって正しかったと思っています。
ただ、二つ目の「印刷は儲かる」は、大きな間違いでした(笑)。
そして、不謹慎かも知れませんが、儲からずとも、仕事の中に「面白い」「楽しい」という要素は必ず必要であり、だからこそお客様に良い製品が提供できるのだということを、印刷業務を通じて学ばせて頂きました。
その学びの内容についても、また別の機会に折々書かせて頂きます、本日はこの辺で…長文にて誠に失礼申し上げました。
https://skyhope.thebase.in/
